映画『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』が日本全国的に上映が続き、話題の映画となっています。
そんな中、ネットを中心に様々な場面で、「海上警備船48隻のほかに、海軍艦艇46隻、ヘリコプター200機、軍用機10機、空母1隻、兵士7,000人規模のアメリカ軍駐留」(Wikipedia)などとあたかもコスタリカ国内に米軍が駐留しているような誤った情報を元に、誤った主張をされている方々が数多く見られます。そもそも現時点(2018年6月5日)でのWikipediaの記述が誤っているのです。
そこで、映画『コスタリカの奇跡 ~積極的平和国家のつくり方~』の配給元ユナイテッドピープルとしては、誤った情報を正していくために、まずは、コスタリカ研究家の足立力也さんに本件に関連した質問を投げかけ、回答を得ましたのでここに公表致します。
Q. コスタリカのココ島に米軍が駐留しているとの記載が多数あります。ココ島含め、コスタリカ国内における米軍の存在について教えてください。
現在のコスタリカ領土内には、米軍基地はもちろん、常駐している他国の軍隊もありません。ココ島Isla del Cocoには、まともな港湾施設も、人の集団が恒常的に生活できる施設もありません。
それは、google mapやgoogle earthの航空写真で見ていただければ一目で分かります。
この根も葉もない噂は、オーストラリア領のココス(キーリング)諸島Cocos Islandsにある軍事施設の情報との混同ではないかと思います。
Q.「凶悪化する麻薬カルテルを取り締まるため、コスタリカ政府は米軍の駐留を認め、2010年7月には米海軍の艦船がコスタリカに入港しています。」
との記事があります。この記事で、米軍の「駐留」となっておりますが、これは事実誤認で、寄港・入港が正しいですね?コスタリカ政府と米軍との艦船入港についての事実関係をご存知なら教えてください。
米国政府は、南米から米国に流れる麻薬ルートを寸断するという名目で、長年カリブ海からメキシコ湾に海軍を中心とした部隊を展開させています。
コスタリカもその麻薬運搬の通り道になるため、米国政府は海軍の艦船を入港させるようコスタリカ政府に要求してきました。表向きの目的は「人道支援(教育・医療)」がメインですが、米軍全体の動きとしては麻薬がメインです。しかし、さらにその裏に、ラテンアメリカ全体に対して軍事的プレゼンスを向上させることがあるとして、ベネズエラなどからは批判されています。コスタリカでも同様の批判があり、国会でも大議論になりましたが、事前にこの計画を承認していたコスタリカ政府はその要求を飲み、2010年7月、リモン港に米軍艦船が入港しました。
ただし、これは常駐するものではなく、基地を設置した事実もありません。米軍は予定通り学校での反麻薬教育、医療提供や警察官のトレーニングなどをした後、同年12月に全艦コスタリカを離れました。それ以降、米軍を含めた外国軍部隊は寄港していません。
Q.1948年に武装解除しているのに、コスタリカは過去に、アメリカ軍によるドミニカ共和国占領(1965年)時、21名の軍人を派遣しており、これでも平和国家なのかという指摘があります。
いわゆる米国の「ドミニカ(共和国)侵攻」の時派遣された21人のコスタリカ人は、米軍の指揮下として派遣されたのではなく、ドミニカ内戦とそれに乗じた米軍の占領に対処するために派遣された「汎アメリカ平和維持隊」(FIP)の一員として、21人の警官が現地に赴いたものです。FIPは米州機構によって議決された「米州版PKO」のようなものだと考えれば分かりやすいかと思います。派遣された警察官は武装していましたが、日本と同様、コスタリカでも一般の警官が武装するのは通常でも行われている行為であり、それをもって軍人ということはできません。
「これでも平和国家か」という「指摘」ですが、そもそも問いの立て方に問題があります。それは、「平和国家」の定義をしていないことです。たとえば「軍隊を持たない国家」というのであればイエスですが、「武力紛争に関わらない国家」であればノーです。同じ問いをスイスにすれば、答えは真逆になります。何を問うているのか不明な状態では答えることもできません。問うている人自身、何を問うているのか知らないということにもなります。
ちなみに、多く(全員ではありません)のコスタリカ人が定義する平和はそのどちらでもなく、「より善い状態に近づくために絶え間なく努力すること」です。平和とは非常に複雑で多様な要素で構成されるので、右か左かというような簡単な話ではありません。
Q.非武装中立宣言を出しながらも、コスタリカ北部にニカラグアのサンディニスタに対抗するために、米国の秘密基地を作らせ、武器供与やトレーニングの拠点を提供していたとの批判があります。
コスタリカ政府が米軍の秘密基地を作らせたのではありません。米CIAが勝手にコスタリカの領土を使って反サンディニスタ武装勢力である「コントラ」(これもCIAによって組織された)の拠点を作ったというのが事実です。コスタリカ政府がこれに関与したわけではありません。
コスタリカは、その基地を力づくで排除する実力部隊を持っていなかったし、また実力で排除するつもりもありませんでした。それは武力紛争の拡大を意味するからです。そこで「積極的永世非武装中立宣言」を発し、それに対する先進諸外国およびラテンアメリカ諸国の賛同を取り付けて、米政府もコスタリカの中立を認めざるを得なくなり、ニカラグア内戦を和平に導いたことで、その状態を脱することになったというのが時系列的な流れです。
Q.コスタリカ警察は重武装であり、軍隊と変わらないじゃないか、という批判があります。
「平和国家」のところで書いたのと同様に、そもそも「警察」や「軍隊」の定義がないまま、このような議論はできません。それらの定義の仕方については拙著「丸腰国家」に詳述してありますので参考にしてください。
また、コスタリカ警察の装備(武装)に関しても同著に詳述してありますので、それを参照していただくのが一番早いのですが、こちらでも、なぜそういった噂が流れるのかの簡単な分析まで含めて、実態を書いてあります。
もしコスタリカで戦闘機や戦車、武装ヘリなど、軍隊でしか使わない装備を視認した方がいれば、証拠とともに公開されていることでしょう。「ない」という証明は非常に難しいですが、「ある」という証明は簡単だからです。
Q.何か補足情報があればお願い致します。
第一に、議論をする前に、何について議論をしているのか、定義付けが必要です。
あなたが知りたいことを調べる時に、あなたが思っているのと同じ定義で、違う人が同じ言葉を使っているとは限りません。
むしろ違うことの方が多いと思った方が良いと思います。
それをしない限り、議論にはならず、水掛け論や神学論争にしかなりません。
建設的な議論を望むのなら、キーワードの定義は避けて通れません。
第二に、「事実」はネットを見るだけでは分からないということです。
問いの元になっている情報はほぼすべてインターネット上のもので、しかもそのほとんどが日本語でしか見られないものです。
そういった「情報」は簡単に手に入りますが、それが「事実」かどうかは別のことです。
残念ながら、ほとんどの人がその「情報」が「事実」であるかどうかを特定できる術を持っていないと思います。
「事実」を知るのに一番いいのは現場を見に行くこと、証言者の話を聞くこと、公的文書を見ること、さらにそれらを照らし合わせることです。
しかし、上記リンクの記事でも指摘しているとおり、公文書ひとつ取っても読み方を知らなければ誤解しますので、そう簡単ではありません。
ネットを使う場合、もっとも手っ取り早いのは、SNSなどでコスタリカ人を探して聞いてみることだと思います。
少なくとも、現地に行ったこともない人のネット情報よりははるかに信頼できる「証言者」を多く得られるだろうと思います。
第三に、「真実」はもっと判別が難しいということです。
「真実」とは、事実に基づいた、法則性や一般性が適用されるものごとです。つまり、第一のポイントと第二のポイントをクリアし、それらを足し合わせて初めて得られる解です。たとえば、「軍隊」を定義し、コスタリカの現状を調べて「事実」を特定した上で、その「定義」に当てはまるかどうかを判別して、初めて「コスタリカに軍隊はあるのかないのか」という問いに対する「真実」が得られるといった具合です。
そういった手続きを踏まずして、ネット情報だけで真実が得られることはないことはもちろん、建設的議論もできないことを覚えておいていただければと思います。
参考情報
映画『コスタリカの奇跡』