文:友成晋也
(元JICA南スーダン事務所長 一般財団法人アフリカ野球・ソフト振興機構代表理事)

アフリカは54の主権国家を数えるが、日本人にとってなじみのある国名は残念ながらさほど多くないだろう。その中で、良くも悪くも「南スーダン」は、一度は聞いたことがある国名ではないだろうか。その理由は3つの「世界一」にあると考える。

一つ目は、「世界で最も新しい国」であることだ。南スーダンは2011年にスーダンから独立し、以来今に至るまで、世界でもっとも新しい国である。しかし、独立までの過程は非常に長かった。1956年にイギリスとエジプトの統治下にあったスーダンは、独立するものの、もともとアラブ系住民の多い北部と、アフリカ系住民の多い南部の間で第一次スーダン内戦が勃発する。17年間続き、一旦、後の南スーダンとなる南部の自治権が認められ停戦となる。しかし、1983年からは、第二次世界大戦後の世界最長となる23年続いた第二次スーダン内戦となる。通算40年の内戦は、200万人もの命が犠牲になったと言われるが、2005年にようやく終止符を打った。2011年には分離独立の是非を問う国民投票が実施され、同年7月に、ついに独立を果たし「南スーダン共和国」が誕生する。長きにわたった内戦の間、多くの南部スーダン領の人々が難民となって周辺国や欧米、豪州などに散らばった。この映画の主人公グオル・マリアルもその中の一人だ。南スーダン国内の人々はもちろん、世界中に逃れた南スーダンの人々にとっても、抑圧と収奪の歴史から解放された独立は、待望の、歓喜の瞬間だったはずだ。

二つ目は「世界で最も危険な国」というイメージだ。ようやく独立を果たしたものの、今度は南スーダン国内で民族紛争、権力闘争により、独立からわずか2年後の2013年に武力衝突が発生する。いったん収まった紛争は、2016年に再燃。この東アフリカの内陸国の紛争が、日本で注目を浴びることになったのは、日本の自衛隊が、南スーダン独立後の2012年1月から2017年5月まで、国連南スーダン共和国ミッション(UNMISS)に派遣されていたからだ。国連平和維持活動、いわゆるPKO活動への参加である。日本のPKOへの自衛隊海外派遣としては史上最長の5年間の滞在となり、陸上自衛隊の施設部隊の貢献は南スーダン現地からの評価も非常に高い。しかし、南スーダンのPKO活動が一躍有名になったのは、「陸上自衛隊の日報隠蔽問題」が国会で取り上げられ、連日メディアでも発信されたからだ。本来、日本の自衛隊は戦闘のない場所に派遣されることが前提だ。自衛隊の日報に「戦闘行為があった」という記載があったため、日報の存在を隠蔽したと言われ、稲田朋美防衛大臣が辞任する大騒動となった。こうしたことから、南スーダンはもっとも治安の悪い国、というイメージが日本国内で広がっていった。

そして三つ目は「世界でもっとも早く東京オリンピックに選手を送り込んだ国」として注目を浴びたことだ。日本の自治体とオリンピック・パラリンピック(以下「オリ・パラ」)競技大会に参加する国・地域の住民等がスポーツ、文化、経済などで交流する「ホストタウン」という取り組みがある。南スーダンの2016年の武力衝突発生を機に、邦人スタッフが全員退避していたJICA南スーダン事務所に、2年ぶりに所長として私が赴任することになった2018年の夏のこと。在任期間中に迎えるであろう東京オリ・パラに南スーダンも選手団を派遣することになるだろうと考え、人を介して紹介いただいた群馬県前橋市に、南スーダンのホストタウンとなってもらえないか、赴任前に直談判に行った。市長からはご快諾いただいただけでなく、練習環境もままならない陸上選手たちのために、オリ・パラ開催の8か月前からふるさと納税を活用して、4名の陸上選手と1名のコーチの長期滞在を受け入れてくださることになった。オリ・パラが延期になっても、引き続き前橋市のご厚意で、滞在を継続し、真摯にトレーニングに励みながら、市民と交流を深める彼らの姿は、メディアに頻繁に取り上げられた。その知名度は、今や全国区になったと言ってもいい。

そんな彼らの目標になるのが、本映画の主人公、グオル・マリアル選手である。難民だったグオルは、アメリカの難民受け入れ制度に選ばれて渡米し、陸上選手として頭角を現し、2012年のロンドンオリンピックに難民選手団として出場を果たす。祖国南スーダンのために強い決意と国民の期待を背負ってマラソン選手として走り続ける姿は胸を打つ。しかし、この映画の本当の見どころは、そこに必死に生きるグオルの人間像だけでなく、祖国に帰った彼の足跡を追った映像を通して、南スーダンをリアルに映しだしているシーンの数々にある。人間の作り出した内戦、紛争に翻弄されながらも、困難と立ち向かいながら誇り高く生きているグオルを始めとした南スーダンの人々。汚職や治安が悪い危険な国という側面も描きながら、そこに実在する人々の表情、言葉、行動は、なによりも迫力がある。

南スーダンの現在地は、北東アフリカの地域機構である政府間開発機構(IGAD)による調停努力もあり、和平合意に基づき、暫定政府が2020年初頭に樹立したところだ。3年後には、総選挙が実施され、正当な政権樹立が期待されているが、これまでの歴史と経緯を振り返れば、まだまだ予断を許さない。南スーダンの国内外には、今もなお、難民・避難民として故郷を追われて暮らす人々がいることを、この映画を通じて少しでも身近に感じ、関心を持ってもらいたい。それがグオルの願いであり、犠牲になった、あるいは現在も厳しい環境に生きる罪なき多くの南スーダン人の希望にもなるのだと思う。