劇場公開が始まった『戦火のランナー』ビル・ギャラガー監督インタビューをお届けします。本作の完成には7年間の歳月を要したそうです。
Q. グオル・マリアル選手のことはどうやって知ったのでしょうか?なぜ彼の映画を作ろうと思ったのですか?
映画の企画を考えていた頃、グオル・マリアル選手がロンドンオリンピック出場権を得た記事を読みました。グオルはスーダンから難民として逃れたのですが、スーダンの選手として出場しないかというオファーを「感謝しますが、僕は南スーダン人なのでスーダンの選手としては出場できません。独立を果たした南スーダンの選手として出たいんです。」と断わったというニュースでした。せっかくの申し出を断る強い意思に魅力を感じ、彼と話したくなりました。そこで、グオルが通っていたニューハンプシャー州の高校と、アイオワ州立大学にコンタクトしたところ、すぐに彼とつながり、電話で話しました。最初の電話で、すぐに他人ではなく旧友と話しているかのような感じになりました。グオルから、彼がもう離れて20年にもなる祖国、南スーダンに一緒に来ないかという誘いがあり、これは特別な映画になると確信しました。グオルの人生は、これまでで最も驚くべき物語でしたし、これを伝えなければならないと決意し、映画制作の旅が始まりました。
Q.映画完成にどれぐらいの時間がかかりましたか?
7年です。
Q. この作品を作る上で一番の困難は何でしたか?
この映画は、とてもインディペンデントなプロジェクトで、なけなしのお金で、5大陸7ヶ国での撮影をほとんど僕一人だけで敢行したんです。本来は2012年のグオルのロンドンオリンピック出場と、南スーダンに帰国して家族と会うまでを追う20分程度の短編ドキュメンタリー映画にする予定でした。しかし、ロンドンオリンピックに行ってみたら、とても20分に収まる映画ではないと理解しました。結局、長編ドキュメンタリー映画になったわけですが、5大陸7ヶ国を旅して撮影する資金を大きなスポンサーもなく捻出することが最も困難なことでした。つまるところ、自分の仕事で少しずつ貯めたお金をつぎ込み、1、2週間休んでは撮影に出かけるといった進め方でした。7年もの時間がかかったことのよい側面は、次の撮影に十分な準備時間があったことです。
その次の困難は、壮大なグオルの人生をいかに90分にまとめ、蒸留させるかという挑戦でした。南スーダンの歴史を知らせなければなりませんが、歴史のドキュメンタリーではないので、多すぎてはいけません。しかし、南スーダンの歴史的背景をグオルの人生に重ねて、グオルが世界に飛び出して、何がしたいのか、どんな夢を叶えようとしているのかを観客に伝わるように表現しなければならないわけです。
Q.アニメーションを作品に取り入れた理由は?
グオルの人生のたくさんの出来事が過去に起きています。スーダン内戦から逃れるという彼の壮大な旅の始まりは、彼が幼い頃の出来事です。映画は本とは異なりビジュアル表現する媒体ですから、この旅の始まりを見せなければなりません。観客にはグオルが小さかった頃を体験してほしいわけです。
しかし当時のグオルの写真は、たった一枚しかありませんでした。そこで、どうやったら8歳の頃のグオルを体感してもらうか考えを巡らせました。ナレーションで語らせることや、グオルにインタビューで語らせることは選択肢ではありませんでした。ビジュアルを見せる必要があったのです。そこで、一度も監督したことがありませんでしたが、アニメーションに行き着きました。ベストなアニメーターを探すのに1年半を費やしました。漫画のように見せたくなかったですし、写実的過ぎてもいけない。ちょうどいいスタイルを探すのに時間がかかったのです。幸い採用したアニメーターは、素晴らしい仕事をしてくれました。映画のアニメーションの描写で、8歳の頃、たった一人で村を離れなければならなくなったグオルの感情が伝わってくるはずです。
Q.日本以外での公開実績を教えてください。
アメリカでは新型コロナの影響を受けて、残念ながらオンライン公開となりました。その意味では本来の劇場公開には至っていません。その前は多数の映画祭での上映がありました。実際の劇場での公開は、日本が世界初となります。
Q.映画祭での観客の反応は?
これまで10以上の映画賞を受賞していますが、素晴らしい反応です。上映後に僕のところに涙ながらに「グオルの姿に感動した」と言われる瞬間は、感無量です。南スーダンのことを学んだ、オリンピックの見方が変わったなどとコメントをもらうこともありますが、この映画は逆境に打ち勝つグオルの人生ドラマについての映画なのです。最初からグオルが金メダルを獲るか獲らないかなんてどうでもよかったんです。そこが他のオリンピック関連映画と決定的に違うところかもしれませんが、彼がオリンピック出場に向けて必死で苦労しながら努力する姿に心が動くのです。
私たちは誰しも逆境を経験しています。グオルは極端な逆境の例ですが、スーダン内戦から逃れた難民から、世界トップクラスのマラソン選手への道を拓きました。過去に大きなトラウマを抱えていても、自らを鼓舞して乗り越え、素晴らしい姿を見せてくれるグオルに、僕も含めて皆希望を見出すんだと思います。
Q.本当にそうですね。現在新型コロナにより、世界中の人々が大変な思いをしています。この映画が、日本でも新型コロナによって夢を諦めかけている人たちに、グオルが諦めずに走り、夢に向かう姿を届けることで、勇気や元気が与えられると思います。
その通りです。僕はこの映画に新型コロナによって別な使命が与えられたとさえ思っています。グオルは、小さなころに死に直面するような体験をしていますが、グオルほど強烈な体験ではないにしても、新型コロナによって現在世界中の人々が同じく死に直面するような体験をしていると思います。この体験によって、生じるプラスのことは、何が本当に大切なのか、何がしたいのか、人生を見つめ直す契機が得られていることです。一度こういった経験をすると、自分の強さにも気づくかもしれません。
Comments are closed.