映画『静寂を求めて -癒やしのサイレンス-』2018年9月22日(土)公開 ユナイテッドピープル配給

「静寂を求めて」解説 千葉大学環境健康フィールド科学センター 宮崎良文

「静寂を求めて」解説

本映画は、2015年から18年にかけて開催された7つの映画祭において受賞やノミネートの栄誉に浴した注目の作品である。「騒音と静寂」に焦点を当て、今後の社会のあるべき姿に対する模索と提言を行っている。

現代社会においては、人工化された都市を中心に様々な騒音が問題となっており、加えて、都市人口は、2008年に歴史上初めて50%を越し、2030年には66%になると予測されている。そもそも、人は600~700万年間、自然環境下で過ごしてきたことが2002年の科学誌Natureにおける化石研究論文から明らかにされている。仮に産業革命以降を都市化、人工化と仮定した場合、その期間は2~300年間に過ぎず、99.99%以上を自然環境下で過ごしてきたことになる。遺伝子は数百年という短期間では変化できず、我々は自然環境に適応した生体を持って今の現代社会を生きているのである。

本映画に基づいた書籍「NOTES ON SILENCE(静寂に関するノート)」(C. Hall and P. Shen著)によると、騒音レベルは、日本のパチンコ店とニューヨークの地下鉄で97デシベル、インドの道路上で79~91デシベル、ロンドンの墓地で54デシベル、ロサンゼルスの病室で45デシベル、ニューヨークの教会で43デシベルであるという。世界各地の公園では、34~65デシベルであり、本映画で紹介されている日本の代表的な森林浴地である奥多摩スギ林では42デシベルであった。我々は14年間にわたり、奥多摩を含めた全国63カ所の森林において、森林浴実験を実施してきた。森林内をゆっくり歩いたり、座ったりした場合、都市部で同じ活動をした場合に比べて、リラックス時に高まる副交感神経活動は上昇し、ストレス時に高まる交感神経活動は低下した。ストレスホルモン(コルチゾール)濃度や血圧も低下し、脳の前頭前野(前額部)活動も鎮静化し、体は生理的にリラックスすることが明らかとなった。人の体は自然がもたらす「静寂を求めて」いるのである。

加えて、最近の急激な都市化は、さらなるストレス状態の昂進を生み出しており、1984年にはアメリカの臨床心理学者クレイグ・ブロードにより、「テクノストレス」という言葉が作られている。日本で「森林浴」という言葉が秋山智英元林野庁長官によって命名されたのも1982年であり、このような言葉が造語されるのも、ここ30年程度で第二期の人工化社会に進んだことを反映しているように思われる。

人工化により、様々な過剰な刺激が生活環境内にもたらされているが、五感の中でも、音刺激は、拒否したくとも避けられないという問題点を有している。体に対する強制的なストレッサーとなり、現代人のストレス状態の高まり、それに伴う免疫機能の低下を引き起こすのである。

一方、現代の都市社会における音刺激が、過剰であることは論を待たないのであるが、どのようにしたら、リラックス状態を得られるのであろうか?

これまでの私の研究成果から、自然に関する好みと生理的リラックス効果には相関があることが分かってきた。音刺激を含め、五感を介した自然由来の刺激を受けたとき、個々人が、その刺激を好きな場合は、生理的にリラックスするのである。例えば、「小川のせせらぎ音」を聞く実験においても、その人が「快適である」と感じた場合は、脳前頭前野が鎮静化し、血圧も低下し、体が生理的にリラックスするが、「どちらでもない」と感じた場合は、体は変化しない。自分の好きな「静寂」を自分で選択することが、現代におけるストレス状態を改善する最も良い方法なのである。

本映画の最後に「創造力を使い、静寂と向き合う時間と場所を見つけることです」というメッセージが流れる。「現代のストレス社会における最も有効なリラックス法は、能動的に創造力を発揮して、自分に合った、自分好みの自然由来の刺激を用いることである」という私の30年間にわたる研究成果から得た実践法と極めて近いものを感じた。自分好みの「静寂を求める」ことは、ストレス状態を軽減し、低下している免疫機能を改善することによって、病気になりにくい体を作るという「予防医学的効果」に繋がるのである。

千葉大学環境健康フィールド科学センター 宮崎良文

宮崎良文教授プロフィール
1954年神戸生まれ。千葉大学環境健康フィールド科学センター教授、同副センター長、医学博士。東京農工大学修士課程(環境保護学)修了、東京医科歯科大学医学部助教、森林総合研究所研究室長を経て現職。2000年度「木材と森林浴の快適性増進効果の解明」に対して農林水産大臣賞受賞、2007年度日本生理人類学会賞受賞。2018年に英国で出版された「Shinrin-yoku」は、日本を含め世界15カ国で出版
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