2023年4月22日(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開 ユナイテッドピープル配給
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 風がつくる砂の波紋が幾千にも折り重なる。そんな表情をみせるサハラ砂漠は、海にも例えられる。ラクダとともに旅する遊牧民たちは星を読み、砂の上を航海するのだ。砂の波が押し寄せるサヘルは海岸とも言える。実際にアラビア語でサヘルは「沿岸」という意味をもつ。

サハラ砂漠の南縁に位置するサヘルは8千キロに渡って東西に広がる半乾燥地帯で、約1億人が暮らす。わずかな雨で畑を耕し、家畜を育て、家族を養う。その営みは自然環境に大きく依存する。

サヘルは世界平均の1.5倍の速さで気温が上昇しており、気候変動の最前線となっている。温暖化で南極の氷が溶け出して太平洋の小島が沈みかけているように、砂の波が人びとを飲み込もうとしている。

日照りが続けば植物は枯れ、家畜も息絶える。大地が砂の海へと変わる。食糧不足は争いを起こし、過激派組織の台頭を招く。故郷を追われた人たちは移民となり、ボートで地中海をさまよう。こうした負の連鎖が繰り返されている。

マリ出身の歌手で活動家でもあるインナ・モジャの旅は、アフリカ大陸最西端のセネガルから始まる。大西洋を臨む首都ダカールは、潮風がそよぐ大都市だ。ハイウェイでは大音量でヒップホップを流す乗り合いバスが猛スピードで駆け抜ける。街角ではスーツ姿の会社員や民族衣装の果物売りが行き交う。混沌が生み出す熱気は、急激な経済成長を遂げるアフリカの都市の共通項だ。

「アフリカン・ドリーム」。インナはサヘルでの植林によって緑を取り戻す壮大な計画「グレート・グリーン・ウォール(GGW:緑の長城)」を、そう表現する。そして、アカペラで歌う。「私の物語をあなたに聞かせてあげる」

GGWは2007年、アフリカ連合(AU)が主導して始まった。80億ドル以上を投じて、22カ国で植林する計画だ。2030年までに1億ヘクタールの荒れ地を緑に甦らせることを目標とする。計画を通じて、1千万人の雇用を生み出し、年間2億5千万トンの炭素を吸収することを見込む。まさにアフリカ版「緑の革命」だ。

インナに影響を与えた革命家がいる。「アフリカのチェ・ゲバラ」と呼ばれるトマ・サンカラだ。1980年代初頭にクーデターでブルキナファソ(当初の国名はオートボルタ)の大統領となり、新植民地主義からの脱却や汚職撲滅、男女平等を掲げて革命を果たそうとした。一方、急進的かつ強権的な姿勢は多くの敵も生んだ。政治機能はマヒし、ついには腹心によって暗殺される。37歳の若さだった。(岩田拓夫「アフリカの革命政権再考 トマ・サンカラが遺したもの」宮崎大学教育文化学部紀要 社会科学第19号、2008年)

サンカラは、アフリカ大陸にルーツをもつ人たちの連帯をめざす「汎(パン)アフリカ主義」を訴えていた。アフリカ諸国の連帯は後に、AU設立という形で実現する。
GGWは、欧米からの押しつけではなく、アフリカ諸国が自らの手で成し遂げようとする計画だ。その思想は、サンカラにも通じる。「勇気を持ち未来を創造すべきだ」。インナは、彼の言葉を胸にサヘルへと向かった。

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インナは旅を通じて、人と音楽に出会う。畑を耕し、木を植える人たちは歌とともにある。それは西のセネガルから、東のエチオピアまで変わらない。鍬を振り、太鼓を鳴らし、足踏みしながら、大地にリズムを伝える。

しかしながら、音楽の成り立ちは土地によってグラデーションがかっている。砂漠に近い地域では、主に遊牧民たちが暮らしてきた。ノマド生活は必然的に持ち運べるものが限られる。楽器も例外ではない。たとえば、弦楽器ひとつと声だけで表現することを求められる。結果として、メロディがきわ立つ曲が増えてくる。

サヘルを南下するにつれて緑が濃くなる。安定して農耕ができる地域では、パーカッションが主役になってきた。複雑なリズムが重なり、グルーヴが生まれる。リズムが先行し、そこにメロディを乗せるように歌ができていく。アカペラであっても、ビートを感じる歌になる。

アフリカのミュージシャンにとって、何を歌うかと同じくらい、何語で歌うかというのは重要だ。言語によって誰に、どのように伝えたいのかが変わってくるからだ。アフリカには、数千にものぼる言語があり、各民族のアイデンティティと結びついている。インナは、ときに故郷のバンバラ語で歌う。旅を通してコラボするミュージシャンたちも、それぞれの言語を大切にしている。

旅で出会ったミュージシャンたちは、直面している困難を音楽で伝えていた。セネガルのヒップホップの草分け的存在であるディディエ・アワディは、革命家サンカラへの思いをインナと共有していた。故郷のマリでは、北部の紛争地から首都バマコへと逃れてきたバンド「ソンゴイ・ブルース」とコラボした。自らの民族の名前をバンド名に掲げる4人組は、コラボ曲のテーマに「アフリカン・ドリーム」を選んだ。

帰省したインナは父親たちと再会し、つかの間の一家団欒を楽しんだ。しかし、笑顔の裏側には壮絶な経験があった。インナは幼い頃、家族に連れ出されて「女性器切除(FGM)を受けた」と告白する。FGMは、儀礼の一つとしてアフリカ大陸で広く繰り返されてきた。象徴的な女性を抑圧する慣習だ。現在、施術は心と体に深刻な傷を与えるとして、多くの国で禁止されている。インナは活動家としての原点がFGMの経験だったと明かす。「自分が信じていたものが崩れました。だから声を上げようと決めたのです」

2億の人口を抱える大国ナイジェリアでは、女性の権利を歌うワジェと合流。過激派組織ボコ・ハラムによる襲撃で親を亡くした子どもたちを訪ねる。ナイジェリアを含む4カ国にまたがるチャド湖は貴重な水をもたらし、約3千万人の暮らしを支えている。だが、湖は過去半世紀で9割が消失した。故郷で暮らせなくなった若者たちを過激派が呼び寄せ、ボコ・ハラムが台頭する一因となった。孤児院の少女は、目の前で父親を失った。少年は過激派組織の一員として育てられ、銃を手に殺戮に加わった。その記憶を笑顔で話す少年に、インナは絶句する。

「すべてつながっている」とインナは語る。温暖化を顧みない政治家や消費者の行動は、めぐりめぐって、ひとりの少年の手を血で染め上げてしまう。その責任は誰がとるのか。

ナイジェリアの北側に横たわるニジェールは最貧国の一つだ。西アフリカ一帯から集まる移民たちの中継地点でもある。移民たちは四輪駆動のトラックの荷台でぎゅうぎゅう詰めにされ、サハラ越えを試みる。地中海沿岸につくと、小さなボートで対岸の欧州をめざす。その過酷な旅路で命を失う人が後を絶たない。元移民の男たちは、インナと同郷だった。家族に期待されて欧州をめざしたが夢破れ、ニジェールにとどまっている。「恥ずかしくてマリに帰れない」。その言葉に、インナは涙をこらえられなくなる。

最後の目的地エチオピアは1980年代半ば、飢饉に襲われた過去がある。世界中のテレビで難民キャンプの子どもが映し出され、マイケル・ジャクソンたちが「We Are The World」を歌って援助を呼びかけた。訪れた北部ティグライでは、そのイメージを払拭するかのように植林が進んでいた。地下水を貯め、木々を植える。太陽と大地の恵みを蓄えたマンゴーやアボカドの木が育つ。インナは希望を胸に旅を終える。

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現在、GGWは目標の15%程度まで進んでいるとされる。移民対策に力を入れる欧州諸国もGGWへの支援を拡大している。ただ、植林後の管理がままならず、再び荒れ地へと戻ってしまった地域もあるという指摘もある。

紛争や移民の問題も一筋縄ではない。緑を取り戻していたエチオピア北部ティグライでは、2020年11月末から政府軍と、地元を拠点とする政党ティグレ人民解放戦線の戦闘が激化。70万人以上が避難したとみられる。エチオピアやケニア、ソマリアを含む「アフリカの角」地域では、2年にわたり大干ばつが続く。2023年3月には東南部アフリカをサイクロンが襲い、200人以上が命を失った。気候変動による被害を最初に受けるのは、いつも脆弱な社会で暮らす人たちだ。

ロシアによるウクライナへの攻撃は続き、トルコ・シリアの大地震では5万人超の命が奪われた。それでも、気候変動は待ってくれない。日本で生きる私たちにもできることはあるはずだ。私たちの小さなの行動は、めぐりめぐってアフリカに降る一粒の雨となるだろう。すべてはつながっているのだから。

─  今泉奏(朝日新聞記者)