映画レビュー | 辻 信一(文化人類学者)

その日の食べものにありつくのがやっとの“貧しい”10億人を抱える地球は、同時に食料の半分を捨てることが当たりまえの“豊かな”人々が暮らす星でもある。EUの食料廃棄量は一人あたり年間180キロだという。ある研究によれば、農業を筆頭として、食料生産から輸送、包装、消費、そして廃棄の全プロセスから排出される温暖化効果ガスは、全体の4割に昇るという。まさに“豊かさ”こそが、人類を滅ぼそうとしているのだ。
『0円キッチン』は、その“豊かさ”のただ中を、ダーヴィドが旅して回るロード・ムービー。彼は単に現状を見て嘆くのではない。ただ告発するのでもない。問題の現場にたって、ただひとつのささやかな答を目の前に提示する。廃棄されるはずの食材を救い出し、料理して、お皿に盛って、そして出会った人々とともに食べ、祝う。
そして、ダーヴィドは食用油で動く車に乗って訪ねる。生態系を攪乱する外来種の雑草の食材化を目指す環境団体、昆虫の飼料化、食材化を進める女性事業家、食料廃棄禁止条例を出した自治体、流通に乗らないオーガニック食材をみんなで料理して音楽とともに楽しむ“チョッピング・パーティ”・・・。それらの点を結んでいくと、次第に、来るべき世界のフェアで、エコロジカルで、平和なありようがぼくたちにも見えてくる。そんな“懐かしい未来”への水先案内に、ダーヴィドのゆるさ、明るさ、優しさこそがふさわしい。

辻 信一(つじ しんいち)

文化人類学者。環境運動家。明治学院大学国際学部教員。「スローライフ」「GNH」「キャンドルナイト」などをキーワードに環境=文化運動を進める一方、環境共生型の「スロー・ビジネス」にも取り組んできた。東日本大震災以後は、「ポスト311を創る」キャンペーンを展開。
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