去年12月5日に公開したドキュメンタリー映画『手に魂を込め、歩いてみれば』の劇場公開が続いています。上映会の主催者募集も始まり、長崎や名古屋での上映が予定されています。(cinemo上映会情報)写真展も、場所を変えながら全国で続いています。
映画の主人公でガザで暮らしていたパレスチナ人のフォトジャーナリスト、ファトマ・ハッスーナ。本作がカンヌ国際映画祭のACID部門に選出されたことが発表された翌日、家族6人と共に空爆で殺害されてしまいました。2025年4月16日未明のことです。
「もし私が死ぬなら、響き渡る死を望む。」If I die, I want a resounding death
ファトマは2024年8月3日、このようなメッセージを自身のInstagramに書いていました。
4月16日が命日。死から1年となります。「もし私が死ぬなら、響き渡る死を望む。」と願ったファトマのために、SNSで映画の感想や、ファトマの写真を観た感想などを発信していただけませんか?
公式Xの投稿をリツイートすることなども歓迎です。
参考ハッシュタグ: #手に魂を込め歩いてみれば #ファトマと共に歩く #ファトマを忘れない

「もし私が死ぬなら、響き渡る死を望む。」
300日間、私と一緒にいるのは「アニア」。私のレンズであり、物事を捉える方法、私が望むような写真を引き出す方法を知っている唯一の良き友人だ。300日間、私と兄弟たちはこの殺戮の中で死にかけている。血が地面に流れ落ち、兄弟たちの血が私にかかり、私を汚す瞬間が怖いくらいだ。300日間、私たちは赤と黒だけを見て、死の匂いを嗅ぎ、苦いものを食べ、死体にしか触れられない。
今回初めて、私は大きな損失を被った。11 人の家族を失った。神に誓って、私にとって最も大切な人たちだ。しかし、私を止めるものは何もない。私は毎日、行き先も決めずに街へ出かける。ただ、私が目にするものを世界にも見てもらいたいから。私は、この人生の瞬間を記録する。私の子どもたちが聞くかもしれないし、聞かないかもしれないけど、この歴史を世界に遺したい。
私たちはここで毎日、さまざまな形で、さまざまな色で死んでいる。苦しむ子どもを見るたびに、私は千回死ぬ。粉々になり、灰になる。私たちがこうなったことが、この無意味さが、毎日私たちを食い尽くすこの怪物たちが、私の心を痛める。
毎日、家を出ると、母が私を見送っているのを見かけるが、私は振り返らない。あの目を見たくないから。母にこの悲しみを味あわせたくなかった。しかし、この国には死以外の何があるというのか?
死は避けられないけど、もし私が死ぬなら、響き渡る死を望む。速報や数字の羅列にはなりたくない。世界中に知られる死、永遠に続く影響、時間や場所に埋もれることのない不滅の姿を望んでいる。


